ふるさと山鹿の歴史

近世きんせい

施設しせつ

八千代座(やちよざ)

八千代座(やちよざ)は、明治(めいじ)43年(ねん)(1910年(ねん))に建築(けんちく)された芝居小屋(しばいごや)です。当時(とうじ)の町人(ちょうにん)たちが資金(しきん)を出(だ)し合(あ)い、江戸時代(えどじだい)の伝統的(でんとうてき)な芝居小屋(しばいごや)の様式(ようしき)で作(つく)られました。

チヨマツ:ボクの家(いえ)だよ。歴史(れきし)を紹介(しょうかい)するね。

八千代座(やちよざ)は開業(かいぎょう)してから、さまざまな催(もよお)しで山鹿(やまが)ににぎわいをもたらしていました。しかし、昭和(しょうわ)40年代(ねんだい)テレビの普及(ふきゅう)などのため客(きゃく)が少(すく)なくなり閉館(へいかん)。屋根(やね)には穴(あな)が開(ひら)くなど八千代座(やちよざ)は荒(あ)れ果(は)ててしまいます。

不要(ふよう)といわれた八千代座(やちよざ)を救(すく)うために立(た)ち上(あ)がったのが、老人(ろうじん)たちと若者(わかもの)たちでした。「瓦一枚運動(かわらいちまいうんどう)」をきっかけにして、人々(ひとびと)の復興(ふっこう)への思(おも)いが高(たか)まり昭和(しょうわ)63年(ねん)(1988年(ねん))に国(くに)の重要文化財(じゅうようぶんかざい)に指定(してい)され、「平成(へいせい)の大修理(だいしゅうり)」によって復原(ふくげん)されました。

チヨマツ:みんなの熱意(ねつい)で八千代座(やちよざ)は復活(ふっかつ)したんだよ。 『山鹿市(やまがし)の指定文化財(していぶんかざい』10頁(ぺーじ)

施設外観の写真

施設外観しせつがいかん

建設時の八千代座の写真

建設時けんせつじの八千代座やちよざ

昭和60年代はじめの八千代座の写真

昭和しょうわ60年代ねんだいはじめの八千代座やちよざ

修復された八千代座の写真

修復しゅうふくされた八千代座やちよざ

講演会の写真

講演会時こうえんかいじ

360°VR映像

360°VR

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