ふるさと山鹿の歴史

原始げんし

遺跡いせき

方保田東原遺跡(かとうだひがしばるいせき)

方保田東原遺跡(かとうだひがしばるいせき)は、菊池川(きくちがわ)とその支流(しりゅう)の方保田川(かとうだがわ)にはさまれた台地(だいち)の上(うえ)に広(ひろ)がる集落(しゅうらく)の跡(あと)です。
これまで50回以上(かいいじょう)の発掘調査(はっくつちょうさ)の結果(けっか)、今(いま)から約(やく)1900年(ねん)から1700年前(ねんまえ)(卑弥呼(ひみこ)が邪馬台国(やまたいこく)を治(おさ)めていた頃(ころ))に、大変栄(たいへんさかえ)えていたことがわかりました。

幅(はば)8mの大(おお)きな溝(みぞ)をはじめ、350軒(けん)を超(こ)える竪穴式住居跡(たてあなしきじゅうきょ)などが、たくさん見(み)つかっています。出土品(しゅつどひん)では、当時(とうじ)は最新技術(さいしんぎじゅつ)だった鉄(てつ)の道具(どうぐ)のほか、特別(とくべつ)なマツリに使

(つか)われた巴形銅器(ともえがたどうき)や鏡(かがみ)などが見(み)つかっています。見(み)つかった品物(しなもの)の一部(いちぶ)は、国(くに)の重要文化財(じゅうようぶんかざい)に指定(してい)されています。

チヨマツ:発掘調査(はっくつちょうさ)で、いろいろなことがわかったんだね。

そのころ方保田東原遺跡(かとうだひがしばるいせき)では多(おお)くの人(ひと)たちが生活(せいかつ)し、進(すす)んだ技術(ぎじゅつ)を持(も)っていたのです。
現在(げんざい)、遺跡(いせき)の一部(いちぶ)は公園(こうえん)になっていて、誰(だれ)でも自由(じゆう)に訪(おとず)れることができます。

『山鹿市(やまがし)の指定文化財(していぶんかざい)』18頁(ぺーじ)

上空から見た遺跡の写真

上空じょうくうから見みた遺跡いせき

青銅製品の写真

青銅製品せいどうせいひん

家の形をした土器の写真

家いえの形かたちをした土器どき

鉄製品の写真

鉄製品てつせいひん

大溝の写真

大溝おおみぞ

360°VR映像

360°VR

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